スクール開催日

スクールに申し込む

LONGBOARDRESCUEのインストラクター

1972年6月8日  兵庫県伊丹市出身 趣味:料理・釣り

師匠福田マサオのボードシェイプ

グーフィーフッターなのです

太東にもよく行ったなぁ~

フェイバリットポイント飯岡

スクールのバーベキューパーティ

 

はじめまして、ソウママサオです。

はじめまして、ソウママサオです。33歳でサーフィンを始め、今では海へ行くのがアタリマエの生活になっちゃいました。
今でこそスクールの先生をやっていますが、始めた頃は皆さんとまったく同じ初心者。
いや、同じじゃないですね、なんせ週一のペースで通い続けたくせに、はじめてスープの波で立てたのが3ヶ月経ったあとなので・・・
ウネリからのテイクオフにいたっては、さらにその半年後・・・ というのも人一倍運動が苦手なのですよ。

学生時代、体育の授業が大嫌いでした

学生の頃にスポーツをやった経験なんてほとんどゼロ。体育の時間が一番キライな学生で、逆上がりなんて今まで一度もできたことありません。ボーリングのスコアなんて100行ったら奇跡。バスケットボールのドリブルで手のタイミングが合わずに顔を直撃するのは当たりまえ。野球の守備はいつもセンター、しかも「相馬が守っているからセンターに飛ばせばランニングホームランだぜ」とまで言われる始末。もちろんマラソン大会なんてまったくの悪夢。とまあこんな具合の典型的な運動オンチなのですよ。

やむなく始めたサーフィン

おとなになってからの趣味も「釣り」「日曜大工」「パソコンいじり」と、釣りを除けばインドアホビーのオンパレード。気がつけば30歳を過ぎて体重が徐々に増加傾向。健康診断で成人病に一番近い状態とまで言われて「よっしゃスポーツやろう」と一念発起。ところが元来の運動嫌いで汗っかき。そんな調子であれもやだこれもやだといろいろ考えた結果は「サーフィンならかっこいいし汗もかかないしいいんじゃない?」。サーフィンは消去法でたどり着いた末の遊びだったわけです 。サーフィンを始めようと思い立った時も、サーフィンの書籍を買い揃え、雑誌も片っ端から読み、ネットで海の情報を集め、とインドアおやじの真価を果敢なく発揮して、頭のなかは専門用語のセットがバンバン押し寄せてました。「こんだけ勉強したんだからサーフィンなんてちょろいもんだぜ!明日はマッシーなホローウェーブでバレルライドをお見舞いしてやるぜ!」ってな具合でいざ海に。

撃沈の日々

ところが、勢い良く海に入ったものの、たった30分であえなく撃沈。ただボードを抱えて波打ち際をウロウロしてただけですよ。それだけでもうヘトヘト。 いつもだったらへとへとになっただけで諦めてしまうところだったんですが、サーフィンだけはなぜか面白かった。

たとえボードを抱えてインサイドをウロウロするだけでも、波が来てバッシャーンとやられてしまうあの感覚がなぜか楽しかった。で、懲りずに海に向かった数日後また海でヘトヘトになり撃沈。

また数日後、撃沈。

またまた撃沈。と、今考えるとよく諦めなかったなーと思います。ほんとに。

進化をはじめたサーフィンライフ

そんな撃沈サーフィン繰り返していたある日、大事なことに気づきました。それは「人の真似すりゃいいんじゃない?」ってこと。 それも、DVDに出てくるようなめちゃくちゃうまいサーファーじゃなくて、自分より「ちょっとだけ」うまくできてるひとの真似なら何とか出来るんじゃないかと。 そこに気づいてからというもの、海に行っては自分よりちょこっとだけできてるサーファーを探し(といっても最初はパドルするときにボードから落ちてばっかりだったので、うまくパドルできている人を探してたんですけどね)、お手本になる人が見つかったら徹底的に真似してみることに。お手本サーファーがが右側からボードに乗り込んでたら自分も右側から乗り込むようにし、パドルの時の最初の手が左腕だったら自分も同じように左腕から水につけるように。パドルの時に足を開いてたら自分も同じように。とにかく一挙手一投足を出来る限り真似するようにしたら、ある日スイスイパドルできるようになったんですよ!も~感動!それからも壁にぶち当たるたびに自分より「ちょっとだけ」うまい人をお手本にしてなんとかテイクオフが出来るようになったというわけです。

師匠福田マサオとの出会い

そんな日々が2年以上続いたある日(ま、この2年ってのがこれまたいろいろあったわけですけど)またまたサーフィンを進化させるきっかけがありました。 それは師匠「福田マサオ」との出会い。そして生まれてはじめてのオーダーボード。

あんまり有名ではありませんが、千葉県の幕張に「ハミルトンサーフボード」っていうちょっと変わったロングボードの専門店があります。そのお店のオーナーでありシェーパーでもある福田氏との出会いが、サーフィンをさらに面白くしてくれました。詳細はかなり長くなるので省略しちゃいますが、福田氏はサーフィン黎明期からのサーファーなので60年台のサーフィンにめちゃくちゃ詳しい。そんな昔話の中で、よく出てきたのが「サーフィンのスタイル」。それ以来どうやったらもっとスタイリッシュにサーフィンできるのだろうかと、いまだに模索し続けるきっかけになったのですよ。

ある青年との出会いがスクールを始めるきっかけに

2009年の夏に千葉の片貝で波待ちをしていたら「テイクオフを教えてほしい」といきなり声をかけられました。なんでも、自分は乗れない波にさっさと乗ってっちゃうのが不思議で仕方なかったようで、思い切って声をかけてみた。ということらしいのですが、声をかけられてその場で簡単なアドバイスをすることに。

もちろんこの時はスクールを始めようなんて微塵も考えちゃいませんよ。

ところが怖いものでその青年がうまくなっちゃったんですよ。海から上がって連絡先を交換。その青年との海通いが続いて、サーフィンもみるみるうちに上達。青年も大喜び。私はびっくり仰天。おまけに「相馬さん教えるのうまいからスクールやったほうがいいですよ」ときたもんです。そのひとことですっかりその気になってしまい、2009年ブログ「LONGBOARDRESCUE」がスタート。2010年スクール「LONGBOARDRESCUE」がスタートとなるわけです。いや~人ってどこで人生変わるかわかんないもんですね~

TOP